視点を固定し、現実を"モチーフ"にする

昨年の春頃からコミュニティを立ち上げて、月に1ないし2度はデッサンを描く時間を作っていることは、前回のブログで述べた。この記事では引き続き、そうした活動の中で気づいた、デッサンとシステムズエンジニアリング[1]に共通する「物事を形作る上での普遍的なアプローチ」だと私が感じていること──今回は「視点を固定すること」──について書いてみたいと思う。

「パース」という言葉を聞かれたことはあるだろうか。

パースとは、英語のPerspectiveの略で、遠近法による透視図ないしは透視図法を指す[2]。物体は、どこから見るかによってその見え方が変化する。たとえば円柱を目の前に置くと、上下面のうち目から近い面は潰れた楕円に見えるし遠い面は正円に近くなる。どのような法則の元にそうした構造を捉えると立体感や空間感のある──本物らしさの伝わる──表現ができるか。ルネッサンス時代にレオナルド・ダ・ビンチらが試行錯誤の末発展させた描画技法だ。

デッサンを描く時、上級者は、ラフな線で全体の構図を抑えてから徐々に捉える対象を具象に移行させ、ディテイルを書き込んでいく。その抽象から具象へのプロセスの分解が明確で、素人と比較して手戻りが圧倒的に少ないことは、前回のブログで述べたとおりだ。

だが、彼らのプロセスの分解軸は、抽象と具象だけではない。もうひとつ重要なのが、「何」を捉えるかという、いわば「視点」の違いによる分解だ。

デッサン上級者は、たとえば、「パースをとる」というプロセスをそれぞれの抽象度において適切な位置に置き、「遠近(法)」という視点でモチーフを見て、情報を抽出、脳内にインプットして、紙に落とし込む。そうしたプロセスを細かく刻みながら、各プロセスにおいて適切な情報を取り込み、細やかに速やかに、デッサンという表現に変換していく。

一方の素人は、そうしたプロセスの分解が曖昧で、ただひたすらにモチーフを観察し、その通りに描いてみようとする。しかし、描けない。色や形、陰影、質感等モチーフには様々な要素があって、ただモチーフを見つめたところで、どこから手をつけていいのかすらわからない。とにかく見たままを書こうと手を動かしても、頭の中にあるイメージをなぞっているだけの場合もあれば、形と質感を同時に追ってしまい混乱の中で手を動かし続けている場合もある。分解が不十分なために、その瞬間自分が「何」を捉えて紙に落とそうとしているのか、その焦点が定まらないのだ。

翻って、システムエンジニアリングには、ViewとViewpointという概念がある。

UAF(Unified Architecture Framework)[3]という、エンタープライズアーキテクチャを記述するための標準的な表記法を整理したものがあるのだが、これには71種類のviewが定義されている(図1)(次のバージョンでは92種類になるらしい...)。私が修士課程で学び、今も在籍している慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科においては、初学者はまず、「機能」と「物理(実装手段)」という2つの視点でシステムを分析的に捉え、アーキテクチャを記述することを学ぶ。

「世界では71も92も定義されているのに、たったの2つ?」と思われるかもしれないが、いやいや、これが侮れないのだ。

この2つの視点は、どんなアーキテクチャを設計するときにも重要な役割を果たすものだ。その一方で、通常私たちは両者を分けて捉えたり、分離して分析したりするのに慣れていない。アイディアを出そうとすると、すぐ「スマホですぐに〇〇ができてさ...」という具合に、ほしい機能と実装手段とが最初からセットになっていることは、日常的によくある。

だが、両者を切り離して捉えられるようになると、物事も議論も格段に整理しやすくなるし、扱いやすくなる。適切に分解された素材を得ることは、ソリューションを発想・構築する上での自由度を格段に高めてくれもする。

図1 UAF Grid(出典:The Object Management Group(OMG)「About the Unified Architecture Framework Specification Version 1.1」より抜粋)

先日、前回もご紹介したアーティスト、三瓶玲奈さんがこんな投稿を上げていた。

抽象度と視点が固定されれば、現実の持つ膨大な情報からハンドリング可能なボリュームで必要な情報を抽出する──カオティックな現実をモチーフ化することができるようになる。

そうして描き出されたアーキテクチャは、上級者のデッサンや彼女の水彩画とはまた別のスタイルで、けれど確実に、これまで見たこともなかった景色を私たちに見せてくれる。そして私たちは、それまで気づかなかった何かしらの本質を、またひとつ知ることになるのだ。

文:佐竹麗
イラスト:斉藤重之


●脚注●
[1] 前回のブログ「全体をぼんやりと見る」でも述べたが、システムズエンジニアリング(Systems Engineering)とは、「transdisciplinary and integrative approach to enable the successful realization, use, and retirement of engineered systems, using systems principles and concepts, and scientific, technological, and management methods.」(INCOSE,2021)と定義される方法論で、日本語では、「システムの実現を成功させることができる複数の専分野にまたがるアプローチおよび手段 」(最新システムエンジニアリング情報館,2021)と訳される。慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科では、仕組みづくりの方法論としてその基礎を学ぶ。
[2] 英利 布施, 遠近法 (パース) がわかれば絵画がわかる, 光文社新書 ; 806, (東京: 光文社, 2016).
[3] "About the Unified Architecture Framework Specification Version 1.1," updated 2021/08/05/, 2021, https://www.omg.org/spec/UAF/1.1/About-UAF(2021年8月5日最終確認).

●参考文献●
"About the Unified Architecture Framework Specification Version 1.1." Updated 2021/08/05/, 2021, https://www.omg.org/spec/UAF/1.1/About-UAF.
布施, 英利. 遠近法 (パース) がわかれば絵画がわかる. 光文社新書 ; 806. 東京: 光文社, 2016.