京都下鴨の新拠点で"たまにカフェ"を開催、ご近所さんとほっこりタイムを過ごしました

去る4月17日と5月7日、京都下鴨に構えた"たまに"の新拠点で"たまにカフェ"を開催しました("たまにカフェ"については、こちらの記事をお読みください)。

1. ねらい

今回の"たまにカフェ"のねらいは、地域に流入したばかりの人が地域とつながる仕掛けとして"たまにカフェ"がどう機能するか、というもの。ホストは、佐竹奏(さたけかなで)さん。京都在住の大学3年生で、"たまに"の代表でこのレポートの著者佐竹麗の娘でもある彼女は、3月12日にシェアハウスからこの拠点に移り、現在一人暮らしをしています。越してきて1ヶ月ほど。「挨拶するのは両隣の2人くらい」「普段はご近所さんとすれ違うこともない」という彼女に、わずか3時間の"たまにカフェ"は、いったいどのような変化をもたらすのでしょうか。

2. 当日の様子

1日目(4月17日(日)13:00-16:00)

拠点は住宅街の只中にあり、行き交う人もご近所の方たちばかり。いつものように、どうなるかはまったく想像がつかない、出たとこ勝負な"たまにカフェ"ではありましたが、お天気にも恵まれ、奏さんの親友かあやさんも駆けつけ、小さな文化祭みたいなほっこりとした時間がそろそろとスタートしました。

"たまにカフェ"を開くとまずやることは、自分たちのコーヒーを淹れ、おしゃべりしながら味わうこと。なのですが、その間にも何人かのご近所さんが通りかかり、狭い小路ゆえすぐそばから声をかけることができます。

「コーヒーをお淹れしていまぁす。いかがですかぁ〜?」

そんな声に、半数くらいの方たちは、ちょっと驚きながらもわたしたちの隙だらけの屋台構えを見て、思わずクスッと笑ってしまわれる。「え、なんでタダなんですか?」「なんでこんなことされてはるんですか?」などと問いかけてくださったりもします。

1日目の様子。爽やかでよいお天気でした!

ご近所さんたちと一緒になって腰を降ろし、コーヒーやお分けいただいたお茶菓子をいただきながらおしゃべりしていると、ご近所さんがご近所さんを呼び、自然と輪が広がっていきます。最初は関心を示していなかった方も、通りを行き来するうちいつの間にか言葉を交わしはじめる。結局、3時間ちょっとの間に、12人ものご近所さんにコーヒーを楽しんでいただき、15人ほどの方たちと言葉を交わすことができました。

2日目(5月7日(日)10:00-13:00)

さて、2日目はGW最後の日曜日。

この日は東京から真鍋と飯澤もジョインし、晴天のもと4人体制でたまにカフェのゆるやかな時間を楽しむことに。京都拠点のために新調したオーブンに火を入れて、途中ブレーカーが落ちるアクシデントに見舞われながらも、なんとか無事、みんなが大好きなスコーンも焼き上がりました。

2日目の様子。この日は、初夏を思わせる陽気に恵まれました。

開始早々、前回遠巻きに様子を見ていらした方や、前回の様子を人づてに聞いて気になっていたという方が足を運んでくださり、コーヒーを楽しんだり、お礼にとお庭に咲く沈丁花をくださったりと、滑り出しはほどよい賑やかさ。

おしゃべりの数だけご近所さんや地域に関する発見をGiveしていただける楽しくありがたい時間。メンバーそれぞれの京都在住の友人たちもジョインして、できたてのあったかな阿闍梨餅をはじめ、知る人ぞ知る地元銘菓をいただいて、心もお腹も大満足。この日お配りしたコーヒーは14人分。ホストの奏さんが今回はじめて言葉を交わしたのは5名。今後挨拶を交わしそうな方は、3名の増となりました。

3. 今回の試行での学び

4月、5月と続けて京都下鴨での試行を経て、私たちも、多くの気づきや学びを得ることができました。

「こういう時間、確かにたまには欲しいよね(笑)」。

奏さんととお友達のかあやさんが、"たまにカフェ"を開いて早々、日向ぼっこをしながら、そんな風につぶやいていたのが印象的でした。普段学業に追われる二人にとっては、ほっとできる貴重な時間。ホスト向けのアンケートには、「普段関わらない属性の人と関われるのがよい」「コーヒーを淹れるのがうまいと褒められてうれしかった」とのコメントも。"たまにカフェ"の魅力を細かく上げていけばたくさんあるのですが、初回からここまでの試行錯誤を経て得られた主な気づきや学びを整理したいと思います。

気負わずに、ご近所さんの縁側になれる

今回拠点前のスペースで開いてみての感想は、"たまにカフェ"をやるのって案外気楽、ということ。

"たまにカフェ"を開いている間、道行く方に声をおかけする以外に私たちがしていることと言えば、おしゃべりする、コーヒーを淹れる、椅子の配置などちょっとした整備をする、いただきものをシェアする──くらいなもの。見た目はイベントっぽいけれど、意外と特別なことはしていないんです。もとより忙しい人が立ち寄る場ではないし、週末の午後、場は自ずと寛いだものになる。隣の家の小2の少年は何度も立ち寄ってくれたし、少年のお祖母さまも長いこと座っておしゃべりしていってくださった。初日にいらしてくださったお向かいさんは、二度目には「あら今日なのね。戻ったら寄りますわ」と出かけられ、帰りに立ち寄っておしゃべりを楽しんでくださいました。

軒先が、自然と日向の縁側みたいになる。

本当にたまーにしか開かない"たまにカフェ"ならではの、空気感かもしれません。

実体は、おすそわけ屋台、という感じ

「無料でコーヒーをお淹れしています」というと、「なんでこんなことしてるんですか?」と問われる、というのが今のところ"たまにカフェ"の定め。

これまでは、「こんな感じでご近所さんをゆるくつなぐ活動をしてまして...」などと名刺をお渡ししたりしていたのですが、どうもしっくりこない。自分が今まさに起きているようなことを起こしたくて、ご近所さんとつながってみたくてやっているのであって、一般社団法人の活動だからやっているわけではない。質問してくださった方の頭の中に?を増やしてしまうのもまどろっこしい。だから今回、「東京からコーヒー豆を持ってきたので、おすそわけです」と、言ってみた。内心、説明としては少々乱暴かしら?と心配していたら、相手がくすっと笑ってくれた。小さな警戒の氷がさっと溶けたみたいに。

実際、お茶菓子や乾き物、ときにはご自身が愛飲していらっしゃるコーヒー豆をいただくこともあり、起きていることはおすそわけの循環に近い。その方が、言っているこっちもしっくりくる。

屋台とベンチ、お茶やコーヒーがきっかけとなっておすそわけの循環が起き、その結果としてご近所さんとゆるくつながれる。"たまにカフェ"は、そんな空間なのです。

流入したての人が、地域とのあたたかなつながりを得られる

ご近所さんとほとんどつながりを持たない流入したての人が、"たまにカフェ"をやってみるとどうなるか──今回の試行で是非確かめてみたかったのが、この点でした。

その結果、わずか2度の実施で、奏さんにはご近所さんを中心に20名近い出会いがあり、今後挨拶を交わす程度に近しくなれた方も12名を数えました。向こう三軒両隣、どの方も、奏さんが一人暮らしだということを知ると、「何か困ったことがあったら言うてね」と優しく声をかけてくださる。ホストの奏さんにとっても、親の私にとっても、こうしたつながりや眼差しは、まさにプライスレス。ご近所さんとのつながりが、地域への愛着や日々の暮らしの幸福感に深くつながっているなぁと、改めて感じています。

地域の方にとっても、得られる安心感が少なくない

「ここに入らはる方は、誰も、名前もわからなくて...」

"たまに"の京都拠点は賃貸で、これまで1年間程度居住される方が何人か続いたらしいのですが、歴代の居住者の方たちは、「引っ越しのときに来たんかと思ったら、今度はまた引っ越しの時にああ出ていかはるのか、という感じ」だったのだそう。

都心に住んでいると、マンションの隣人の顔が見えないのは日常茶飯事だったりしますが、地方都市の住宅街では、顔も名前もよくわからない隣人は、どことなく"不気味な存在"だったのかもしれません。ご近所の方がどこか安心されたようにこれまでの様子をお話される姿が印象的でした。

ちょっとした負担の積み重ねをどう上手に分担するかが鍵

今回の奏さんのようにある程度気軽に"たまにカフェ"を開いて楽しむには、それなりの道具立てが必要になります。難しいことは何もないけれど、ノウハウやティップスもないよりはあった方がいい。課題自体はどのような状態を目指すかによって切り取り方が大きく変わってくるので、また別の記事でじっくり検討したいのですが、以前の記事でも触れたように、こうした活動を包み込むような一回り大きなエコシステムを、コツコツと構築していく必要がありそうです。

初回から約半年。当時試行の中で立てた問いの答えのいくつかが、徐々に見え始めている気がしています。

 

文:佐竹麗