たまにまで うらら編その3
研究してみてわかったこと 後編

一般社団法人たまに設立に至った背景を、設立メンバーのふたりがそれぞれの視点で書いていきます(うらら編は全4回)。少し長いですが、ふたりの設立までの道のりや、"たまに"の活動に込めた思いの一端を、みなさんと共有できたらうれしいです。

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目的なく集うことにも価値がある

修士の研究で実証実験を行ったことは前回のポストで述べたが、参加された方がヒアリングやアンケートで言及されていたのは、目的もなく集まることの価値である。

何かしら目的を与えられた場では、それ以外の話をすると「脱線」になってしまう。一方、今回の実験にはご飯をシェアして一緒に食べるという意外の目的はなんら存在しないから、脱線という概念そのものが存在しない。目的がないからこそ、思い思いの話題に花を咲かせることができ、その分互いの多様な側面に触れたり関係性を深めたりすることができたのだ。

たとえば、あるケースでは、自治会の集まり等で話したことのある人たちが参加者の大半を占めた。でも今回は、「ご飯を食べる」というほとんど無目的ともいえる目的のために集まっていたから、それぞれが、間近に控えた転職の話や休日の過ごし方、家族や隣人との関係など、自分の話をし始めた。それなりに長い付き合いなのにおかしなものだ。その理由を参加された方はこう表現した。「だって、普段は議題にないことは話さないから」。

別のケースでもアンケートにこんなコメントが寄せられた。「なんにも考えずにただただ一緒にごはんを食べるのも楽しい」。

たったひとつのつながりが、日々の暮らしに大きな違いを生む

また研究では、人と人とのつながりが生み出す変化についても調査分析と考察を試み、「ポジティブ感情/ネガティブ感情」「社会的価値」「自己効力感」それぞれについて、イベントの事前と事後、ホストはそれに加えて事後2-3週間後に変化を測定した。その結果から学んだのは、ご近所さんだからこそ、「たったひとつのつながりが、日々の暮らしに大きな違いを生む」ということだ。

それらの定量的な分析結果についてはここでは詳述しないが、その代わり、いくつかの事例をご紹介したい。

東京都板橋のケースでは、ごはん会がきっかけとなりホスト家族と隣人老夫妻との交流が深まって、ある日鍵を持たずに自宅から締め出されたかっこうになったホストの娘さん(小学校低学年)が老夫婦宅で家族を待つなど、安心と喜びを分かち合うような家族的な交流が続いている。

隣家にDVの疑いがあることがわかったケースもあった。
「こんな話、会社でも、自治会の集まりでもできないじゃないですか……」。引っ越して来てから3年もの間、隣家から漏れる物音や怒声に感じる不安やストレスを誰にも言えずに抱え込んでいた男性。そんな彼の話を、親身に、でも深刻になりすぎずに聞いてくれるご近所さんたち。ほろ酔いの彼の口調が少しずつ滑らかに、表情が柔らかに変化していく様子を、私は未だに忘れることができない。

神奈川県川崎市のケースでは、古い住宅地に越してきて地域にネットワークが持てずに不安を抱えていた3人の子どもを持つお母さんが、ごはん会をきっかけにご近所の老夫婦とメッセージアプリでつながることができた。今では子どもたちも老夫婦にすっかり懐いて、七夕に浴衣の着付けをお願いしたり、おすそ分けが行き交ったりする間柄になっているという。

これらは本当にささやかな事例なのかもしれない。けれど、たったひとつのささやかなつながりが、日々の暮らしの安心感や豊かさを大きく変えてくれることを、今回の実験は改めて教えてくれた。

ひとまわり大きなエコシステムを構築することの重要性

研究の過程で、たくさんの素晴らしい取り組み事例に出会うことができたのも大きな財産だ。

たとえば、The Cares Family。彼らについては近いうちにこのブログでも紹介したいと思っているのだが、イギリスの都市部において、変化に取り残されがちな地元の高齢者と、仕事のために都市部に出てきて孤独を抱える若者(Young Professionals)とをつなぐ活動を精力的に行っている。

彼らは、様々な団体からの投資や国や自治体からの補助金を受け、また自らもファンドレイジングのイベントや寄付等通じて資金を賄っており、参加者の費用的な負担が基本的にほとんどない。彼らの活動に比べたら、私が実験したごはんシェアのしくみは参加者に多くの負担を強いるものだったし、彼らのような当事者の活動を包み込むようなエコシステムも持たない。アイディアをしくみ化して実験はしてみたけれど、本質的にはまだまだ「しくみ」とは言い難い代物だ。

ちょっとしたときに声をかけあえるようなゆるくて気持ちのよいつながりは、より広い視野を持って多くのステークホルダーを巻き込みながらしくみや環境を整えることさえできれば、きっと、もっとずっと楽しく楽に生み出せる。

国内外の優れた事例に学びながら、気が向いた時に気が向いただけちょっといいことをする楽しい活動が、企業や自治体など様々な組織に応援されるようなしくみを構築できたら、どんなに素晴らしいだろう。そんな思いが、たまにの立ち上げへとつながっている。

その4へつづく

文:佐竹麗
イラスト:斉藤重之