多世代が気持ちよくつながれるしくみー事例紹介:The Cares family

2019年春まで在学していた大学院での研究のテーマが晩ごはんシェアのしくみであったことは以前[1]書いた。研究の道すがら、たくさんのフィールドにお邪魔して、実際の活動に参加させていただいたり、お話を伺わせていただいたりした。修士の研究はいろんな意味で恵みに満ちたものだったけど、とりわけ、フィールドでの魅力的な方々との出会いはかけがえのないものだった。

今回の記事では、そのうちのひとつ、以前の記事でも触れた、イギリスの団体The Cares Familyについてご紹介したい。

前置きが長くなって恐縮だが、本題に入る前に、彼らと出会った時に抱えていた研究上の課題について、少しだけ整理しておきたい。

2018年春の悩み─ご近所さん同士が気持ちよくつながれるしくみとは?

修士研究は、「晩ごはん版のAirbnbを作ってご近所さんをつなげないか」というシンプルな着想からスタートした。研究というと、うず高く積まれた文献を読み込む姿を思い浮かべられる方も多いかもしれないが、実際には、やってみなければわからないこともたくさんある。先行研究のレビューや事例分析と並行して、自宅で「隣で晩ごはん」と称したプロトタイプテストを実施してみたりもした。

それらを経てわかったのは、ホストとゲストの間で金銭が行き交い成立するような一般的なシェアリングエコノミーのモデルでは、目指す形でご近所さんをつなげるのは難しいということだった。

たまにまで うらら編その2 研究してみてわかったこと(2021.5.13投稿)より

上記のような結論の背景にあるメカニズムについては、シンプルだが意外と見過ごされがちな点でもあるので、後日別の記事で詳述したいのだが、ここで言いたいのは、当時の私が「どうすればご近所さん同士が気持ちよくつながれるしくみができるか」について悩みに悩んでいた、ということだ。

そして、フィールドでの出会いと学びが、当たり前と言えば当たり前の、でもうっかりすると置き去りにしてしまいそうな本質に気づかせてくれた。「あたたかで長続きするつながりを作りたいなら、使い手が「気持ちよく」使えるしくみにする必要がある」ということだ。The Cares Familyは、そんな本質を軽やかに示してくれた事例のひとつである。

The Cares Familyとは

The Cares Familyのメインユーザーは、都市に住む高齢者と、仕事のために都市に流入してきた若者。ともに孤独を抱えた世代同士の近隣住民をつなぎ、双方の孤独感を軽減することがThe Cares Familyの提供価値である。

彼らの歴史は2011年8月に始まる。ファウンダーのAlex Smith氏は、市議会議員選挙活動中の経験[2]をターニングポイントとしてNorth London Caresを設立。以来少しずつ拠点を増やし、現在は、South London Cares、East London Cares、Manchester Cares、Liverpool Caresを加えた5つの拠点で活動を展開している。メインのプログラムは、Social Club(270回実施、述べ5,719名の参加)、Love Your neighbour(128人)、Outreach(222人のOlderがconnected)、Community Fund raising(運営費の40%をイベントを通じて創出)[3]の4つである。

入り口として位置づけられる「Social Club」という活動では、若手ボランティアは毎月スケジュールを受け取り、好きなプログラムに都度申し込むようになっている。2020年2月のプログラムの一部を紹介すると、映画の上映会や男の料理教室、リオのカーニバルやパブナイト、クリエイティブライティングや、ロンドン交響楽団によるコンサート等、実に多彩だ。

互いに楽しめる場だからこそ、参加者同士が気持ちよくつながれる

2019年の4月、著者もボランティアとして若い世代がご高齢の方にITツールの使い方を教えるSocial Clubに参加した。会場は開放的な空間で、フルーツやスナック、紅茶やコーヒーが用意されており、カフェに来たような軽やかな気分になる。

運営スタッフにもボランティアにも活気があり、ご高齢の方たちの表情も明るい。参加しているボランティアの若者たち数名にヒアリングしたが、彼らの参加の動機は、「同じ地域に住む人たちとつながりたい」「仕事以外の人間関係を地元で構築したい」「古くからこのまちを知る高齢者の方たちからいろんな話を聞いてみたい」などで、「利己的」と言って差し支えないものだった。それが、高齢者にとっても新たなつながりや楽しみや安心を得られる結果につながっているのだろう。わざわざ利他的に振る舞おう、などと意図せずとも、自分のすることが他者のためにもなる。そんな互恵的な関係性の構築を、しくみが上手にサポートしているのだ。

さて、私とペアになった女性は、息子にスマホという言うことをきかない箱を与えられたと嘆いていた。嘆きのエピソードの数々に、彼女の暮らしぶりが垣間見られる。一人暮らしで、息子さんはロンドンにはいるものの1時間以上の距離のところに住んでいて用事はスマホで片付けたがる。数少ないスマホ繋がりの友人とは、お互いたどたどしくスマホを使いながら電話で連絡を取り合っているetc...。

いつの間にか話題は恋バナに及び、50年以上前にケンブリッジを舞台に繰り広げられた恋愛模様が昨日のことのように語られるのを、興奮のうちに聞き入ってしまった。

図1 North London Care(左は著者が撮影したボランティア参加時のもの。他はThe North London Cares のtwitterよりThe Cares Family提供。一番右は著者が参加したボランティア研修時のもの。いずれも、2019年4月撮影)

多世代が交わることの豊かさ

フィールドでのボランティア参加に先立つこと2ヶ月。ファウンダーのAlexに電話でヒアリングしたのだが、その際に、先述の研究上の課題に加え、私が抱えていた大きな疑問は、「若い人たちは本当に、そして(他に楽しみもあるだろうに)なぜ、こうした活動に参加するのだろうか?」というものだった。

ウェブサイトを見る限り、彼らの活動は美しいし魅力的だ。でも、日本に置き換えて想像してみてほしい。「健康体操教室」「高齢者IT教室」などのボランティアに、若い人たちが積極的に参加したがるだろうか?

だが、私の疑いとも近い問いを、Alexは一蹴した。「全然そんなことないよ。若い世代だって単身で都会に出てきて孤独を抱えてる。高齢者の役に立ちながら楽しい時間を過ごして、つながりが作れる。そういう機会を求めているんだ」。Alexの見解が正しいことは、先述のボランティアメンバーたちの言葉が証明しているだろう。

"There must be thousands of people like Fred – with deep roots but few connections, and with a thousand stories to tell; and thousands of people like me with plenty of connections in the social media age, but who lacked or missed the real roots of community."

Alexが自身のブログで書いているとおり、The Cares Familyの活動の大きな魅力は、多世代が交わることだ。違うものを持つ世代同士が、互いに持っているものを持ち寄り、差し出し合い、交流を楽しむ。彼らの活動には、生きることの喜びや、生きることそのものにごく近い営みが内包されている。

"たまに"の宿題

フィールドでの様々な出会いに助けられ、ご近所さんをあたたかで長続きする関係性でつなぐためには、誰にとっても気持ちよく参加できる場でなければならないことは腹落ちした。実際にやってみると、お金をどううまく循環させるかとか、負担をどう上手に分散させたうえで全体を機能させるかなど、悩ましい点はもちろん多いのだけれど、なんとか緒は見いだせそうな気がする。

でも、「多世代をつなぐ場」という観点で考えると、イギリスで彼らが起こしていることと、日本で普通にやったら起きてしまいそうなことのイメージとのギャップをどのように理解すればよいのだろうか。このあたりをなんとか紐解いて、日本においても、多世代が交わり合い、互いの価値が循環し合うような場を増やすことが、"たまに"の宿題だ。

「文化」や「宗教」が私たちの振る舞いを規定する上でどのような役割や機能を果たしているのか、その他に大きく影響している要素はないか等を丁寧に見ていくと、日本においてどのような工夫をすると同様のメカニズムを機能させることができそうか、試し甲斐のある仮説を見出すことはできそうだなと、著者らは今、そんな風に考えている。今後の"たまに"の活動を通じて、私たちのささやかな仮説とその検証結果を、少しずつお披露目していきたい。


文:佐竹麗


●脚注●
[1]修士での研究の概要については、たまにまで うらら編その2 研究してみてわかったこと 前編, たまにまで うらら編その3 研究してみてわかったこと 後編を参照されたい。
[2]立ち上げの経緯は様々な記事にも書かれているが、この動画にも詳しい。https://vimeo.com/291714223
[3]()内は2018年の実績