私が子どもの頃、魚の切り身の「良い方」はいつも弟に与えられていた。
鯖の味噌煮の、真ん中のほうが弟で、尻尾側が私、みたいなことである。
たかがそれぐらいのこと、と思われるかもしれないが、大人になってもたびたび思い出す一場面だ。魚の切り身だけではなくて、お肉の多い方とか炊き立てのご飯とか、とかく食べ物の「良い方」は、いつも弟の前に並べられていた。
母にも気遣いはあって、時々私に聞いてくる。そっちでいいかと。嫌だとは言えなかった。だって、こんな些細なこと。いま書いていても情けなくて泣きそうになるぐらいだ。それに母のは私よりも「悪い方」だったり、時には皿そのものが無かったりする。こんなつまらない、言っても仕方のないことが、当時の私をじんわりと暗くさせていた。
母や弟のことを恨んでいるとか、そういうことではない。母が自然とそうするべきだと思ってそうした、弟が当然のようにそれを受け入れた、そして、私自身がその状況に対し嫌だと言うことができなかった、そういった一連の(おそらく日本の文化的背景を伴う)状況が、今の私にとってはちゃぶ台をひっくり返して抗議したいぐらい腹立たしいだけなのだ。
こういったことは、家の中でも外でも日常的にあった。リーダーは男子、女子はサポート。資料作りは女子、発表は男子。勉強ができてもそれほど褒められず、「女は愛嬌やで」と言われてしまう。女の子は出しゃばらないこと、我慢すること、気遣いができるとなお良い。
すっごく無理させられていたとか、抑圧されていたとかいうことではないし、男子と女子を対立させたいわけではない(事実、私は今ほどで無いにしても、たいそう出しゃばっていた)。ただそういう「扱い」があり、そう「扱われるように振る舞った」ということである。
先日、女性の健康とキャリアというテーマで何人かの方にヒアリングをさせていただく機会があった。具体的な内容は置くとして、ちょっと驚いたのが企業の中でいまだにダイバーシティ推進と女性活躍がごっちゃになって語られており、女性活躍といえば女性管理職の数を増やすことであり、さらに言えば女性管理職の数はまるで目標には達しておらず、管理職といっても多くは課長クラスどまりという、どれもイマイチな状況だったことだ(もちろん「うちは違う」という会社もあると思います。それに対しては「良かったです、安心しました、引き続きよろしく!」とお返ししたい)。
さらにヒアリングの中で聞かれたのは「女性には管理職になってリーダーシップを発揮する自信がない」「女性は常に自分自身のことを二の次にしてしまう」という言葉だった。家事・育児・健康など複数の問題に直面しながら、それでも仕事を頑張っている彼女たち。それでもその状況を肯定し、自分の人生にオーナーシップを持つことができないのはなぜなんだろう。
そんなことを考えているときに、ふと魚の切り身のことを思い出したのだ。
魚の切り身の「悪い方」ばかり与えられていれば、自分の価値がその程度なのだと思ってしまうのではないか。娘より「悪い方(もしくは無し)」を選択している母親の振る舞いを見て、母とはそういうものだと思ってしまうのでは。
魚の切り身レベルで済んでいればまだいいのだが、そのように「扱われ」「振る舞う」ことが生き死にに関わるのが非常時であり、今がその非常時だと思っている。
新型コロナウィルスの感染拡大であらわになったのは、「男女共同参画」の遅れだと令和3年度版男女共同参画白書では指摘している[1]。パンデミックの影響で、閉店や営業の縮小を余儀なくされるなど大打撃を受けたのが対面型サービスだった。この分野に従事していた人の多くは非正規雇用の女性であり、誰よりも最初に仕事を失い、再雇用もままならない状況に陥っている。
女性の労働力率曲線が示すいわゆる「M字カーブ」が、2010年以降押し上げられ2019年まで台形に近づきつつあったが(図1)、その実は半数を非正規雇用の女性が占めていたのであり、非常に脆い構造だったというわけである。
女性が直面する雇用の悪化は「シーセッション(女性の不況)」と呼ばれ、日本だけでなく各国で問題となっているものだ。また雇用ばかりでなく、精神的身体的DVの増加や女性の貧困が顕在化され、それらが影響したと思われる自殺者の増加も指摘されている。
これって、女性が「そのように」扱われてきた、そして扱われるように振る舞ってきた結果なんじゃないだろうか。
私はこの世のすべての母と娘に言いたいのだ。そろそろ自分たちの扱われ方を自分たちで決めよう。人生のオーナーシップを自分自身で持とう。魚の切り身の「良い方」を、遠慮なく好きなだけ食べようぜと。
文:真鍋薫子
イラスト:斉藤重之
●出典●
[1] 男女共同参画局, "令和3年版男女共同参画白書 概要版", https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/gaiyou/index.html (2021/7/14 最終確認)
[2] 総務省統計局, "統計トピックスNo.119 統計が語る平成のあゆみ 2.労働 雇用の流動化、女性の活躍", https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1192.html(2021/7/14 最終確認)