前回の記事では、「システム」とは何か、そしてシステム思考とはどういう思考法なのかをご紹介しました。今回は、氷山モデルを取り上げます。
氷山モデルは、シンプルだけど奥深い、システム思考の入り口にぴったりのフレームワークです。ツールとしてよく使われるだけでなく、システム思考のプロセスを理解したり伝えたりするための概念図としても用いられています。
早速、一緒に深堀りならぬ深潜り!?していきましょう〜!
氷山の大部分は、水面の下にある
氷山って、海水面の下にどのくらい沈んでいるか、ご存じですか?
正解は、約9割。
つまり、氷山のほとんどは海の中にあって、海の上からは見えない。私たちが「氷山」として見ている部分は、その全体のたった1割ほどで、見えている9倍もの体積の氷山が、海面の下に隠れているんです。
こうした特徴から氷山というモチーフは、見える部分と見えない部分の存在を示すメタファー(比喩)として、文化人類学や心理学などさまざまな領域で用いられてきました。システム思考の氷山モデルも、まさにこのメタファーを利用したもの。私たちが普段認識している問題の奥に何が隠れているのかを探り、問題を捉え直すための道具として、また、システム思考による分析のプロセスを示すモチーフとして活用されています[※1]。
システム思考の典型的な氷山モデルは4層
具体的に見ていきましょう。
現在システム思考で使われる代表的な氷山モデルは、水面の上と合わせて全部で4層。海面の上に見えている部分が「できごと」で、水面のすぐ下が「パターン」。その下に、「構造」、「メンタルモデル」が続きます(図1)。

(M Goodman, “The Iceberg Model”(2002)を参考に作成)

上から順に見ていきましょう。
① できごと(Events)──いま、目の前で起きていること
私たちが日常的に目にしている、具体的なできごとそのものです。
「今朝、渋滞に巻き込まれた」「夏の平均気温が観測史上最高を記録した」「主力商品の売上が、先月急に落ちた」── 私たちが日常的に意識を向けているのは、ほぼこの層だけと言ってもいいかもしれません。
問題は、ここ「だけ」を見て対処しようとすると、同様のやっかいな”できごと”が形を変えて何度も繰り返されてしまうということ。
たとえば、交通量が多くて渋滞が頻発する時に道幅を広げるとどうなるでしょうか? 一見もっともな対策ですが、走りやすくなるとかえって車を使う人が増え、結局また渋滞する、なんてことが、長い目で見ると繰り返されてきた。MITのジョン・スターマンは、こうした「いま起きていることに反応して、その都度対処する」見方を 「出来事に着目した世界観(event-oriented worldview)」 と呼び、複雑な問題を扱うには非常に不利な思考のクセだと指摘しています。
だからこそシステム思考では、水面下の視点、「パターン」「構造」「メンタルモデル」にも丁寧に目を向けます。
② パターン(Patterns)──時間の中で見えてくる傾向
ひとつ下の層が「パターン(patterns)」です。
ここで視点をぐっと広げて、「このできごとは、はじめて起きたことなのか? それとも、繰り返し起きていることの一部なのか?」と問いかけてみる。すると、ある「変数」が時間とともにどう変化してきたかが見えてきます。
「変数」というと身構えてしまうかもしれませんが、要するに変数とは「注目したい大事な要素」のことです。
地球温暖化なら「平均気温」、渋滞なら「交通量」、経営なら「売上」「離職率」「クレーム件数」、という具合です。そうした変化を、過去から現在までグラフにしてみることもあります。これは、「時系列(変化)パターングラフ(behavior over time graph)」と呼ばれるものです。

たとえば、「最近、若手の離職が増えた気がする」と感じたとき。
できごととして一人ひとりの退職を見るのではなく、「過去5年の離職率の推移」を一本の線として描いてみる。すると、「ある制度を導入した直後から、じわじわ上がっている」といったパターンが浮かび上がってきたりします。
「いま」だけを切り取って見ていたら気づけなかったことが、時間の幅をもって見ることで見えてくる、というわけです。こうした時系列のグラフを見ながら、なぜそのパターンが生まれているのか?──という謎を紐解くように、「構造」を紐解いていきます。
③ 構造(Structures)──変数同士のつながりと相互作用
3つ目の層が「構造」です。
構造とは、要素同士のつながりや、そこに溜まっていくものの関係のことです。具体的には、業務のしくみやルール、評価制度、組織体制、政策、物理的な環境、習慣的なやりとり──そういった目に見えるものも見えないものも含めたさまざまな要素が、互いに影響し合い、何かを溜め込んだり目減りさせたりしながら、2番目の層で扱った「パターン」を生み出しています。
第1回で「システム思考は 循環と蓄積 を見る」とご紹介したのを覚えていらっしゃるでしょうか。実は、この「循環」と「蓄積」こそが、構造の正体です。
ドネラ・メドウズは、その著書『世界はシステムで動く』のなかで、システムの振る舞いはその要素ではなく 構造(循環と蓄積の組み合わせ)から生まれることを繰り返し強調しています。たとえば先ほどの離職率の例だと、「育成の時間が取れないほど業務が立て込んでいる → 若手が育たず早期に辞める → 残った人にしわ寄せがいく → さらに余裕がなくなる」という 循環。そしてその裏で、現場には疲弊や不信感がじわじわ 蓄積 していき、一方でノウハウや信頼関係が失われていく。こうして、構造の全体像が浮かび上がってきます。
システム思考ではしばしば、因果ループ図(Causal Loop Diagram)(図3)やストック・フロー図( Stock and Flow Diagram)などを使ってこうした構造を可視化していきます。

((有)チェンジ・エージェントセミナー資料を元に作成)
④ メンタルモデル(Mental Models)──構造を生み出す思い込みや世界観
そして、氷山の一番深いところにあるのが、「メンタルモデル」です。
メンタルモデルとは、第1回でも少し触れた、私たちが無意識のうちに「これはこういうものでしょ」と、前提にしてしまっている思考のクセや信念などのことです。「テストではよい点を取るべきだ」「忙しいことは頑張っている証拠だ」「上司が決めたことに口を出すものではない」── 普段は意識すらしていない、けれど確かに私たちの判断や行動を方向づけているものです。
ピーター・センゲは『学習する組織』のなかで、このメンタルモデルを学習する組織を支える5つのディシプリンのひとつに位置づけ、丸々一章割いて深堀りしています [※2]。
また、前述のスターマンもメンタルモデルについてこんな風に書いています。
「たいていの人は、「メンタルモデルは目に見えないがあらゆるところに存在する」ことに気づかず、無邪気にも、私たちが感じているのが現実の世界そのものであると信じている。実際には、私たちの感覚や脳によって私たちの感じる世界が能動的に組み立てられて(モデル化されて)いるのである」(『システム思考』より)
見えにくいからこそ、システム思考では、メンタルモデルを浮かび上がらせ扱えるようにしていく作業を、時に対話も交えながら丁寧に行っていくのです。
おわりに
「世界が変わるシステム思考【ブログ編】第2回:氷山モデルとは?」はいかがでしたか?
氷山モデルは、シンプルな見た目とは裏腹に、深くて、同時にとてもパワフルなフレームワークです。目の前のできごとにすぐ飛びつくのではなく、「この下には何がある?」「なぜこのパターンが繰り返されている?」「その構造の奥にある、自分たちの前提は何だろう?」──こうやって一段ずつ掘り下げていく。これが、「できごと」に対するモグラ叩きのような対処の渦から抜け出し、本質的な変化を生み出すための貴重な一歩になります。
そして、ここに示されているできごと・パターン・構造・メンタルモデルという4つの視点は、システム思考の分析のプロセスも示しています。
次回は、この氷山モデルが示すプロセスに則って、実際に起きている問題を分析してみたいと思います。
テーマは「バルセロナの観光問題」。観光客が増えて街が困っている、というできごとの下に、どんな構造が隠れているのか。一緒に見ていきましょう。
それではまた次回をお楽しみに!
文:佐竹麗、佐竹奏
図版編集:佐竹奏
図版素材提供:フジイケンジ、斉藤重之
●脚注●
※1 システム思考の文脈での氷山モデルは、ピーター・センゲやデイヴィッド・ピーター・ストローらが組織学習の研究実践拠点として活動していたコンサルティング会社 Innovation Associates のシステム思考カリキュラムを通じて発展してきた。現在最も広く流通している「出来事・パターン・構造・メンタルモデル」の4層の氷山モデルは、Michael Goodman, “The Iceberg Model”(Innovation Associates Organizational Learning, 2002)をオリジンとして世界中で引用されている。
※2 ピーター・M・センゲは『学習する組織──システム思考で未来を創造する』のなかで、メンタルモデルが「私たちの行動を決定している」とし、「『人は信頼できない』と思っている人は、『信頼できる』と思っている人のようには行動しない」というシンプルな例をあげて説明しています。メンタルモデルは「暗黙の存在」として、「意識レベルの深いところで単純化された状態で存在してしまう」と指摘しています。
●参考文献●
ドネラ・H・メドウズ著、枝廣淳子訳『世界はシステムで動く──いま起きていることの本質をつかむ考え方』英治出版, 2015
ピーター・M・センゲ著、枝廣淳子・小田理一郎・中小路佳代子訳『学習する組織──システム思考で未来を創造する』英治出版, 2011
ジョン・D・スターマン著、枝廣淳子・小田理一郎訳『システム思考──複雑な問題の解決技法』東洋経済新報社, 2009
デイヴィッド・ピーター・ストロー著、小田理一郎訳『社会変革のためのシステム思考実践ガイド──共に解決策を見出し、コレクティブ・インパクトを創造する』英治出版, 2018
Daniel H. Kim, The Systems Thinker, “Introduction to Systems Thinking”
Michael Goodman, “The Iceberg Model”, Innovation Associates Organizational Learning, Hopkinton, MA, 2002.
John Shibley, The Systems Thinker, “A Practice Theory for Organizational Learning”
●関連リンク●
動画シリーズはこちら:「世界が変わるシステム思考」シリーズ
前回の記事:世界が変わるシステム思考【ブログ編】第1回:システム思考とは?
システム思考をじっくり学びたい方へ:“たまに”のじっくり組織変革プログラム





